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現代イノベーションの必修科目、「デザイン思考」を考える(2)

公開日:2021/02/16 更新日:2022/03/04

研修の最前線で活躍する講師に、いま注目のテーマについて聞き、人材育成について考えるインタビュー。今回は、石黒猛氏に「デザイン思考」を学ぶ本シリーズの第2回として、日本企業にありがちなデザイン思考へのハードルやその乗り越え方、実際にあった研修エピソードなどをご紹介いただきます。

「体験」=実際にモノを作ることで、言葉にならなかった価値が浮かび上がる

 デザイン思考の3つのステップの中でも、とくに「体験」が重要というお話をしましたが、そのようなわけで研修の場でも可能な限り、実際にモノづくりに取り組むワークショップを行うようにしています。観察や知識共有で考え抜いた内容を吐き出すことで、自分がやりたいことは何なのかが整理されていき、形の背後にある重要な価値が見えてくることもあります。

 実際にあった研修での例を一つご紹介しましょう。あるヘルスケア業界企業で、「デザイン思考で会社の未来のテーマを考える」という内容のオンライン研修を実施したときのことです。オンラインのディスカッションでは、どうしてもやや無難に、今話題のできごとにテーマが集中しがち。ヘルスケア企業ということもあって、その日の話題も、誰もが気にかけている新型コロナウイルス関連のテーマに終始していました。

ところが、事前に各自に送っておいた紙粘土でそれぞれが議論した結果を形にするという段になると、なぜか、カラフルな衣装や元気のよさで人気の有名女性タレントの人形を作り上げた人がいたのです!たしかに彼女は健康的だし、やせすぎていないスタイルには自然体の美しさがある。ヘルスケアが目指すべきテーマが、ちゃんとその形の中に隠されていたんですね。理屈を離れて手を動かしてみたとき、それが浮かび上がってきたのです。

デザイン思考へのハードルをどう取り除くか?

 とはいえ、どうしてもデザイン思考が苦手という組織もあります。日本の企業では、そもそも「新しいこと」への拒否反応がある場合も少なくないんですね。いざ「新しいもの」を作ることになっても、今までの知識の組み合わせで進めようとするのですが、これでは真の「デザイン思考」とは言えません。

 そもそもデザイン思考というのは、アメリカ、カリフォルニアの楽天的な雰囲気や、多民族環境に根ざして生まれたものなので、文化背景としてそうした雰囲気がないと実践しにくいのも事実です。ここは日本だから無理があると考える方も多いのですが、善し悪しはともかく、まず入り口として純粋な文化としてのデザイン思考を体験し、現状と比較することで、今まで見えなかった課題や可能性見えやすくなった例も多々目撃しました。その入り口からご入場いただいて、最終的には和風、各社に根ざしたデザイン思考の形まで落とし込むことが私の使命だと思っています。

 また2つめのステップで行う「ブレーンストーミング」という手法は、どんどんアイデアを出して広げていくことなのですが、広げすぎると希薄になって何をしてよいかわからなくなるものです。デザイン思考は数勝負ではなく、深く掘ることも大切。一人ひとりとしっかり話せるよう、大切なので、研修の際もあまり大きすぎず、1クラス20人くらいまでで実施することをおすすめしています。

モノづくりしやすい雰囲気づくりに、実はオンライン研修が好相性?

 中には、ディスカッションまではできたけれどどうしてもモノがつくれないという方もいらっしゃいます。私の研修でそういう方がいらっしゃる場合は、できるだけ「ディスカッションの中にあったこの部分が素晴らしいと思いますよ」というようにヒントを出すなどしています。それでもどうしてもできないときは、過去に作られたモノの事例を出し、その中に受講生の感性に響く部分があればそこから発想を広げていく場合もあります。ただ、本当は「新しいモノ」をつくりたいわけですから、過去の事例には頼らずに済むのが理想的です。

 実は、現在のコロナ禍でオンライン研修が増える中で気づいたのですが、デザイン思考の研修にオンラインというスタイルは案外適しているかもしれません。「モノを作る」というステップにおいては、周りの目がないほうがリラックスして取り組むことができるので、在宅などのリモート環境のほうがのびのびとモノづくりができるんですね。

リラックスした雰囲気が生まれれば、思いがけない創造力が発揮される

 繰り返しになりますが、デザイン思考はきちんと体系化されているので、ハードルさえ取り除けば誰にでも実践できます。「自分にはマネできない」などということは絶対にありません。現に研修の場でも、クリエイティブな部門の方に限らず、それこそ人事の方が一番いいモノを作るということもよくあるんですよ。

 枠を外すのが苦手な日本人も、やり方が分かれば変わります。以前、LA-メキシコ間のクルーズ船に乗ってデザイン思考に取り組む研修を行ったときには、アメリカ的な明るい雰囲気に満ちた船内で、最初は「何をされるんだろう」と戸惑っていた人たちが大きく変わっていくのを感じました。

 とくにそれを実感したのが「船内で写真を撮る」という課題で、みなさん、だんだん写真が上手になってくるんです。「会社として」という発想をしていた間はできなかったことが、デザイン思考を通じて自分の世界を探すうちに、自然とできるようになっていたんですね。

~つづく(2/3)~


● 次回予告
→「イノベーションの原点は結局どこにあるのか?」 最終回では、石黒氏が考えるデザインと人材の哲学をお聞きします。


● 講師プロフィール
石黒 猛(いしぐろ たけし)
石黒猛事務所 代表

1969年山梨県生まれ、育英工業高等専門学校卒業後、1995年ロンドン、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート工業デザイン科修了。96年よりIDEO社サンフランシスコ事務所に勤務し広くプロダクトデザイン、戦略に携わる。現在は日本を拠点に個人で活動しており、その活躍の場はプロダクト、アート、舞台演出など多岐にわたる。代表作として、1998年に「Rice Salt&Pepper shaker」、2007年に加湿器「chimney」がニューヨーク近代美術館永久保存作品となったほか、2009年にJAXAと共同開発した国際宇宙ステーション用の折りたたみ式撮影用背景は、現在地球を飛び出し宇宙ステーション「きぼう」にて運用中。

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