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ジョブローテーションとキャリア自律を考える

公開日:2022/10/03 更新日:2023/09/13

従業員の人材育成制度として、多くの企業で導入されているジョブローテーション。昨今では、終身雇用の崩壊など雇用環境の変化によって制度の活用方法が変化しています。ジョブローテーションの概要、メリット・デメリット、実施にあたっての注意するべきポイントなどを解説します。

ジョブローテーションとは

ジョブローテーションとは、従業員の能力開発を目的とした定期的な「戦略的人事異動」制度のことです。従業員の能力開発、マルチタスク化、モチベーションの向上、ジェネラリスト人材の育成などがその目的です。部署をまたいだ異動や部署内での業務内容の変更、期間は半年〜3年、5年に一度など企業によって制度内容はさまざまです。

従業員は、一定期間内で部署や職務を異動することで、幅広く業務や社内事情を理解して、人脈を広げながら、幅広い知識と経験を身につけることができます。複数の部署を経験することで事業全体の理解が深まり、会社全体を俯瞰する力も高められます。

独立行政法人 労働政策研究・研修機構の「企業における転勤の実態に関する調査」(2017年度)によると、ジョブローテーション制度について「ある」とする企業が53.1%と過半数を占めています。正社員規模別にみると、規模が大きくなるほど、その割合は高く、1,000人以上の企業では70.3%が「ある」と回答しています。 

「企業における転勤の実態に関する調査」調査結果の概要
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/0000149700.pdf

一般的な「人事異動」との違い

人事異動は、組織人員の補充、組織の活性化などを目的として、配置転換や昇格・降格、役職任命を行うものです。それに対しジョブローテーションは、従業員の能力開発を目的とする色合いの強いものです。 

ジョブローテーションは、日本特有の終身雇用制度に合わせて進化してきた制度で、将来の幹部候補となり得る「ジェネラリスト」人材の育成を目的とした日本独自の制度ともいえます。長期的で計画的な人材育成が可能な終身雇用制度のもとでは、新入社員のうちから幅広く知識を習得し、社内外との折衝や調整に必要なバランス感覚など経験を積みながら、幹部に必要な能力を身につけるために最適な方法とされていたのです。

企業にとってのメリット・デメリット

ジョブローテーションを実施することで、企業にとっては次のようなメリット・デメリットが考えられます。

メリット

・従業員の適性の把握

ジョブローテーションにより、従業員は社内のさまざまな部署や業務を経験することになります。企業は従業員の強み、弱みなど適性を把握でき、適材適所の人材配置が可能です。幹部候補として適性があるかも見極めもでき、人材発掘の機会にもなり得ます。

 ・従業員同士の交流増加とコミュニケーションの円滑化

各従業員がさまざまな部署を横断することで多くの人と関わるきっかけが増え、従業員同士の交流が盛んになります。部署を越えた業務連携の円滑化も期待できます。

 ・多角的な視点の獲得

ジョブローテーションにより従業員がさまざまな考えやモノの見方ができるようになり、多角的に物事を考えられるようになります。一つの考え方に固執せず多様な視点を持つことで、発想力や分析力が高まりイノベーションの起こりやすい環境が生まれるでしょう。 

・属人化の防止(標準化) 

長期間同じ人材が同じ仕事をすると、「担当者しか業務がわからない」「特定の人に業務が偏ってしまう」というようなことが起こりやすくなります。ジョブローテーションを取り入れて業務を標準化することで、欠員が出た時に部署間でお互いの仕事をカバーできること、従業員が業務過多によるストレスから解放され生産性が高まることも期待できます。また、業務の標準化もしやすくなり、経験のない従業員がすぐに戦力として活躍できる可能性も高まります。

デメリット

・専門性の高いスキルを育成しにくい

ジョブローテーションでは幅広い部署や業務を経験するため、特定の業務に深く関わることが難しくなります。専門的な知識やスキルを持ったスペシャリストの育成には向いていません。

 ・従業員のモチベーション低下

企業の人材育成計画をもとにジョブローテーションが行われるため、仕事内容が必ずしも従業員の希望と一致しているとは限りません。もともと関わっていたプロジェクトから外されるなどすると、従業員はジョブローテーションに不満を抱き、退職につながることもあります。

・退職時の損失が大きい

ジョブローテーションのことを従業員が「自分のキャリア、スキルのためにならない制度」と受け取ると、退職につながる可能性が高いです。しかも退職者が将来の幹部候補など優秀な従業員であるほど、会社への損失は大きくなります。

従業員にとってのメリット・デメリット

従業員には次のようなメリット・デメリットがあります。

メリット

・やりたいこと・適性が見つかる

一つの部門で働いていても、本当にその仕事が自分のやりたいことか向いている仕事なのかはわからないものです。さまざまな業務を担当することで、やりたいことや新たな適性が発見でき、「どのようなポジションを目指したいのか」とキャリアパスを描けるようになります。

・社内にネットワークができる

ジョブローテーションによりさまざまな部署や人とのつながりができ、より広い人間関係や社内にネットワークができあがっていきます。部署合同のプロジェクトでも、部署間で連携しやすくなり、仕事をスムーズに進めやすくなります。

 ・視野が広がる

多くの部署や業務に携わる経験から視野が広がり、多様な視点から物事を考えられるようになることで、課題解決にも役立てられます。人材が流動的になることで、部署内でも新たなアイデアが生まれやすくなるでしょう。

デメリット

・スペシャリストになりにくい

特定の分野や専門性のある仕事に深く携わることができないため、専門性の高い知識や経験を身に付けるのは難しいです。スペシャリストを目指す人にとってはデメリットと言えるでしょう。

・転職には不利

転職では、一般的に「専門性がある」人は市場価値が高いと言われています。ジョブローテーションは専門性よりもジェネラリスト寄りのスキルが高まります。転職の際には、「専門性のないこと」が不利になることがあるのです。

・希望外の仕事もする必要がある

現在の仕事が気に入っていて、やりがいを感じていたとしても、ジョブローテーションによって希望外の仕事を任されることもあります。

ジョブローテーションを廃止する企業も出てきている

最近では、日本特有の終身雇用制度の崩壊により、ジョブローテーションを廃止する企業も出てきています。

 そもそも転職による人材の流動性が高まり、同じ会社で長期間働き続ける人が減っている中、ジョブローテーションによって従業員の退職のリスクが高まることも指摘されています。

デメリットにもあったように、特定のスキルや技術が必要になる専門的な職種の場合、ジョブローテーションは向いていません。そうした中で採用段階からあらかじめ職務が限定された、いわゆるジョブ型雇用を取り入れている企業も増えてきています。ジョブローテーションを導入している企業は、制度が形骸化していないか、人事戦略としてプラスになっているかを企業内で見直す機会も必要かもしれません。

ジョブローテーションが向いているケース・向かないケース

向いているケース

・中長期的な人材育成に取り組める体制がある

新卒の一括採用を実施している企業であれば、未経験者を中長期に渡って育成してきた体制や実績もあるでしょう。このような場合、ジョブローテーションによる人材育成に向いているといえます。従業員の定着率の高さ、育成期間や費用面での余力があることもポイントとなります。 

・社内に多様な部署、職務が存在している

ジョブローテーションの意義の一つが「幅広い業務経験を積める」ことですが、そのための環境の整っている企業であれば適しているといえます。一定以上の社員を抱える中規模以上の企業の方が向いているでしょう。

 ・業務の遂行のために幅広い業務知識、経験が必要である

幅広い業務知識、経験が必要な業界、業種である企業であれば、企業と従業員、双方にとって、幅広い経験を積むことがメリットとなります。従業員は、本社や現場を行き来することで知見を蓄えることもでき、業務で的確な判断が出せるようになるでしょう。

・従業員数が多い

従業員数が多い企業であれば同じ階層の人が多いため、異動やチームなどの計画を組みやすく業務が停滞する可能性も低いと考えられます。人材交流を積極的に行うことで、新たなアイデアや業務改善案が生まれやすくなります。

・組織風土に統一性や一体感がある

多様な部署、職務が存在していていても、組織風土に統一性や一体感がある企業であれば、基本的な考え方や業務の流れに共通点が多いものです。部署間のコミュニケーションがスムーズであると、異動による生産性の低下が起こりにくくなるといえるでしょう。

・企業文化やポリシーの浸透を図りたい

たとえば、MAを行った企業や、支社や店舗数の多い企業の場合にジョブローテーションを導入することで、従業員同士の交流が深まり意思統一を図りやすくなります。企業文化やポリシーの浸透を期待できます。 

向かないケース

・それぞれの業務の専門性が高い

専門性が必要な職種の場合、資格、技術やスキルの習得には長い習得時間が必要です。短い期間で異動すると、せっかく身につけたスキルが無駄になってしまうこともあります。

・中長期での人材育成が難しい

定着率が低く人材の出入りが多い企業や、中途の即戦力採用が中心の企業は、ジョブローテーションの目的である中長期での人材育成は難しいと言えます。

・異動・転換できる職種が少ない

少人数の企業で異動・転換できる職種が少ない企業だと、異動やチームなどの計画も立てにくく業務が停滞する可能性も考えられます。また異動先で業務経験の幅が広がりも狭いため取り入れてもメリットは少ないかもしれません。

 ・長期的なプロジェクトが多い

長期的なプロジェクトが多い企業の場合、ジョブローテーションによりプロジェクトの途中に担当者が変わってしまうこともあります。プロジェクト期間中での担当者変更は、従業員のモチベーション低下につながるほか、取引先との信頼関係への影響も懸念されます。

・職種や部署によって処遇や勤務体系の差が大きい

職種や部署によって処遇や勤務体系の差が大きい企業だと、従業員に不利益を与えてしまうことがあります。ジョブローテーションを実施する場合には賃金制度の整備も必要なため、導入までの労力やコストを考えるとあまり向いていません。

ジョブローテーションを実施する際の注意すべきポイント

企業の雇用を取り巻く環境は変化しています。ジョブローテーションを有効的に活用するために、導入前に注意すべきポイントをおさえておきましょう。

・従業員のキャリア自律につながるものであること

ジョブローテーションは企業、従業員ともにメリットのある制度でなくてはいけません。企業は、従業員が「今後のキャリアをどう考えているか」「どのような方向に進みたいのか」など希望や志向を理解した上で、今後のキャリア形成に役立つ業務内容を示す必要があります。従業員自身がキャリア自律につながることを理解すれば、モチベーションを保ちつつ、仕事に前向きな気持ちで取り組むことができるでしょう。

・実施目的を明確にすること

従業員がジョブローテーションの意図を理解していないと効果が得られず、退職につながってしまう場合もあります。効果を上げるには、企業と従業員との間で実施目的を明確にすることが重要です。

・従業員が納得できること

従業員の中には「長く同じ部署で働きたい」「現在の業務内容を続けたい」という考えの方もいるでしょう。実施目的を伝えても従業員が納得できていないと、不満やモチベーションの低下、さらには退職につながってしまう場合もあります。従業員の仕事に対する希望、キャリアに対する考え方などを確認し、従業員が納得できるまで説明することが重要です。

ジョブローテーション実施には、メリット・デメリット、向き・不向があります。導入するのであれば、事前に自社におけるメリット・デメリットをよく検討し、会社と従業員の双方に意義のあるジョブローテーションを目指しましょう。

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