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現代イノベーションの必修科目、「デザイン思考」を考える(3)

研修の最前線で活躍する講師に、いま注目のテーマについて聞き、人材育成について考えるインタビュー。石黒猛氏に「デザイン思考」を学ぶ本シリーズの最終回では、デザイン思考の根底にある「個人」の重要性と、そのマネジメントについての考え方など、デザインや人材に関する石黒氏の「哲学」をうかがいます。

個人の強い思いこそが、新しいものを生み、豊かな社会をつくる

 ここまでの話でもお気づきのことと思いますが、デザイン思考というのは、「個」に深く根ざした考え方です。結局、個人が「こうしたい」とイメージできなければ、新しいものは生まれないんですね。

 コロナ禍のステイホーム期間中に私もさまざまな本を読みましたが、その中で強く印象に残ったのが、哲学者フリードリッヒ・ニーチェの「自分が信念を持って変わろうとする意志が最も重要だ」という言葉でした。ニーチェは「超人」という概念を用いて、人は常に「超えていかないといけない」「変わらないといけない」と説いていますが、それは変わらない=死んでいるのと同じだからだというのです。人間、組織、国家、その他全ての存在は、美しく生き抜くためにイノベーションが必要であり、常に更新、そして再生が必要であり、それができないのは、各個人、組織に自信がないから、つまり「自分の中の将来のイメージが希薄」だからというわけです。イノベーションを実行するには大変な労力が必要となりますが、人間は本質を捉えることができればその先のイメージもはっきりと見えてくる存在だと思います。そしてその本質さえ見出すことができれば、その対象は自由に使えるツールとなり、自由に躊躇なく将来のあるべきイメージに向けて更新することが可能になると思います。

 とくに変化が苦手な日本では、今こそ一人ひとりが本当に必要なこと、大切なことをしっかりと考えてほしいと思います。まずは個人が自分の哲学を作ること。日本では、人との関係性ベースに生きている人が多いと思いますが、それぞれがしっかり自分を持てばそれが組織にも伝播しますし、そういう中でこそ、人は刺激的で人間らしい豊かな生き方ができます。社員一人ひとりが生き生きと自分らしく働けることにもつながります。

難しいチャレンジではあるが、人間にしかできないことでもある

 こういう環境下では、マネジメントの難易度はどうしても上がります。個々人をしっかり見て、数値化しにくい部分を評価しなければならないからです。マネージャーには、明確でないものをしっかり見極められること、つまり「目利きになる」ことが求められるでしょう。

 私はよく、「デザイン思考は一部の人だけが始めてもあまり意味はない」とお話ししているのですが、これもその理由の一つです。学問としてのデザイン思考は定義が曖昧な部分も多く、上げ足を取ろうと思えばいくらでも取ることができてしまう。マネジメント側も含め、デザイン思考という考えをより多くの人「面」で取り入れて初めて、本来の効果を発揮することができるのです。

 個を重視するということは、不確実性を多分に含む、固定化されていないカオスな状態を目指すということかもしれませんが、ある意味とても人間的な意味を持つとも言えます。その人間的なカオスを見つめ、突破するからこそ新しいものが生まれるのです。そして、AIの脅威が叫ばれる時代にあって、カオスの突破はまさに人間にしかできないこと。ロジカルシンキングであれば人間はAIに敵わないでしょう。


 確かに大変なチャレンジではありますが、自分のフィールドの範囲で、経験則でやっていても面白いものは生まれません。1940年に初版された発想法の古典的名著、『アイデアの作り方』(ジェームス・W・ヤング著)でも、「前後不覚になるくらいまで考え、もうだめだと自分に絶望するところまで考えたら忘れろ。すると、ある瞬間アイデアが降ってくる」というようなことが書かれていますが、新しいことを生み出すとはまさにそういうことなんですね。

 とくにアッパークラスの人ほど、これまでに築き上げてきたフィールドの柵を壊すことが必要です。ちなみにデザイン思考を生み出したIDEO社では、どんなにすごいベテランでも、こちらが不安になるくらい謙虚にものを尋ねてきます。それくらい「フィールドに柵がない」のです。

閉塞した時代だからこそ、あらゆる業種でデザイン思考を活かしてほしい

 いろいろお話してきましたが、「なぜデザイン思考が生まれたのか」に立ち返って考えると、原点は「本質」を捉え、そこから考えることです。そして本質を捉えるには、対象との「接点」をよく観察しなければなりません。そう考えると、デザイン思考は何もモノづくりだけに限った考え方ではないとわかると思います。

 たとえばサービス業であれば顧客との接点にこそ本質があるはずです。その接点を、じっくり観察することからデザイン思考は始まります。さらに観察とは目に見えるものを見ることだけを指すのではありません。見えないものを見る、つまり心の動きを類推し、共感することも必要です。こうして捉えた本質から考えていくという思考法は、実に幅広い業種で応用できます。実際私がこれまでワークショップを実施してきた企業も、製造業はもちろん、証券会社、広告代理店、IT企業と多岐にわたります。

 ワークショップの場では私も、「教える」というより一緒に考え、共感することを意識しています。受講生のみなさんの心の奥にあるさまざまな価値を掘り起こし、その価値を、その人自信の確たる価値に変えることができれば嬉しいですね。そして、体験したものを5年、10年かけてそれぞれの会社なりに展開していただければ理想的。そうした継続的なサポートも、喜んでお手伝いします。

 とくに今は、コロナ禍で世の中に閉塞感が満ち、皆が行き詰まりを感じています。そんな今だからこそより一層、デザイン思考を武器に、次の可能性を考える意義があると思うのです。


● 講師プロフィール
石黒 猛(いしぐろ たけし)
石黒猛事務所 代表

1969年山梨県生まれ、育英工業高等専門学校卒業後、1995年ロンドン、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート工業デザイン科修了。96年よりIDEO社サンフランシスコ事務所に勤務し広くプロダクトデザイン、戦略に携わる。現在は日本を拠点に個人で活動しており、その活躍の場はプロダクト、アート、舞台演出など多岐にわたる。代表作として、1998年に「Rice Salt&Pepper shaker」、2007年に加湿器「chimney」がニューヨーク近代美術館永久保存作品となったほか、2009年にJAXAと共同開発した国際宇宙ステーション用の折りたたみ式撮影用背景は、現在地球を飛び出し宇宙ステーション「きぼう」にて運用中。

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