講師インタビューtrainer

現代イノベーションの必修科目、「デザイン思考」を考える(1)

研修の最前線で活躍する講師に、いま注目のテーマについて聞き、人材育成について考えるインタビュー。今回は、イノベーションを生む思考法として近年、ビジネス界で注目されている「デザイン思考」について、自らもデザイナーとして活躍中の石黒猛氏にお聞きします。第1回は、本来の「デザイン」の意味やデザイン思考の進め方について、基本的なことを教えていただきます。


● 講師プロフィール
石黒 猛(いしぐろ たけし)
石黒猛事務所 代表

1969年山梨県生まれ、育英工業高等専門学校卒業後、1995年ロンドン、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート工業デザイン科修了。96年よりIDEO社サンフランシスコ事務所に勤務し広くプロダクトデザイン、戦略に携わる。現在は日本を拠点に個人で活動しており、その活躍の場はプロダクト、アート、舞台演出など多岐にわたる。代表作として、1998年に「Rice Salt&Pepper shaker」、2007年に加湿器「chimney」がニューヨーク近代美術館永久保存作品となったほか、2009年にJAXAと共同開発した国際宇宙ステーション用の折りたたみ式撮影用背景は、現在地球を飛び出し宇宙ステーション「きぼう」にて運用中。

「デザイン」とは「飾り」ではなく「本質を形にすること」である

  世の中が大きく変化していく中で、多くの産業が「今のままではダメだ」と考えています。では、どう変わればよいのか?それを考えるための手段として注目されているのが、アメリカの西海岸の風土から生まれた「デザイン思考」という考え方です。

 デザイン思考とはどのような考え方なのかを理解するためには、まず「デザイン」という言葉の意味を再確認しておいたほうがよいかもしれません。

 日本語の「デザイン」という言葉はどちらかというと表象的な「モノを飾る手段」というような意味で使われ、モノ作りが経済的に成長するための一つの方法と捉えられてきました。中身は変わっていなくても、外側をかっこよく整えて目先を変えることが「デザインする」ことだと思われてきたのです。

 これに対して、アメリカ西海岸の多民族、多様な文化にルーツを持つ「デザイン思考」の「デザイン」の活動は、どちらかと言うと、サービスイノベーションのような、モノの新しいあり方を目指していて、表象的なモノの価値だけでなく、それを動かすための仕組みづくりや、その周りのサービスなどを包括的に研究、創造し、そのために必要な製品の本質を見つけ出して形にし、新しい価値を作り出すことに重きを置いていました。つまりデザイン思考とは、「物事の本質をあぶり出すための考え方」というような意味であり、決して「外側を変える」という発想ではないんですね。

「観察」「知識共有」「体験」の3ステップで誰にでもできる

 デザイン思考という概念を最初に提唱したのは、私もかつて在籍していたアメリカのデザイン会社『IDEO』社です。IDEO社は、1991年にシリコンバレーで創業し、現在は世界に多数の拠点を展開していますが、そのデザインする対象は実に多種多様。よく「歯ブラシから高度な医療機器まで」などと言いますが、それくらい、ありとあらゆるモノをデザインしています。

 重要なのは、どのような製品であっても、「今までになかったモノ、価値」を作っているということ。たとえば「歯ブラシの本質はなにか?」を考え抜き、今までになかった歯ブラシを作るのがIDEO社のデザインです。さらにそのデザインする対象はモノだけに限らずありとあらゆる分野にわたります。それらの複雑で多様なプロジェクトに対応するために特に重要なことは、IDEOはある特定の分野に関するイノベーションのスペシャリストというわけではなく、新しいモノ、ことを作る「プロセス」をデザインするスペシャリストであるということです。プロジェクトごとにデザインされたプロセスを踏襲することで、ありとあらゆる全く違う分野でのイノベーションを可能としているのです。

 簡単に説明をすると、そうしたデザインプロセスをデザインする中には①Observation(オブザベーション/観察)②brainstorm(ブレインストーム/コミュニケーションによる知識共有)③prototypingプロトタイピング/体験化)という3種類の柱があり、その意味は①じっくり観察して本質を探し出し、②見つけ出した「本質」が自分だけの思い込みではないかどうかを自分以外の他者と話し合って確認し、③実際に作ってみて体験化する、という形になっています。

 この中で昨今忘れられがちで大切な柱は、③の「実際に作ってみて体験化する」というプロセスです。さまざまな情報を収集して理詰めだけで左脳的に思考することもとても大切なプロセスですが、それだけで良いモノを作ることは容易ではありません。逆に私の経験上、作ってみて、実際に体の全感覚を使いながら作られたモノ(体験化されたモノ)をベースにさまざまな価値判断を行えば、モノのよい悪いは比較的容易にわかるケースが多いです。

 実はこの思考法というのは新しいものではなく、かつて活躍した多くの芸術家や、革新につながる発明や発見をした科学者、や技術者が本能的に実施していた、人間の創造的活動を最大限生かすために用いられていた方法です。こうした思考法を体系化したのが先ほど挙げた3つのプロセスであり、これを駆使しながらイノベーションを目指す考え方がデザイン思考なのです。

新たなことを初めるとき、無意識の中で誰でも行っている活動でもあるので、誰にでも活用できる素晴らしい道具の一つと言えると思います。

なぜデザインの道を目指したか~ロンドン、シリコンバレーで学んだこと

 私がデザイナーを志した10代の頃は、日本はちょうどバブル期で、たくさんの新しくかっこいいモノが街を彩っていました。最初は私自身も「外側」に惹かれ、「形を整えるだけで人はこんなに幸せになれるのだ」と感じてデザインに興味を持ったのです。

 デザイナーといってもいろいろある中で、プロダクトデザイナーを目指したのは、グラフィックより立体を作るのが好きだったから。中学生のとき、あるラジオ番組で工業デザイナーを紹介していて、それが記憶に残っていたということもありました。実際に取り組んでみると、準備、素材選び、制作といったプロセスを通じて自分の考えがまとまっていくのが面白く、ますます夢中になりました。

 その後、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブアートで、文具や食器から家具、車まで、大小さまざまな工業製品のデザインを学んだのですが、このとき触れたのがヨーロッパならではのモノ作りの思想。たとえば街並みを見ても、ヨーロッパの人はあまり脈絡のないデザインをしません。シリコンバレーのデザイン思考とは少し違いますが、「本質を大切にする」という点は同じであり、モノの背後にあるものや人間との関わりが、しっかり見据えられているのを感じました。その後のIDEO社での仕事と合わせて、デザイナーとしてとても貴重な学びと経験を得ることができたと思っています。

 余談ですが、私が工業デザインに興味を持つきっかけになったラジオ番組で先日、私のデザインした作品が紹介されたんです。自分の原点ともいえる番組だけに、とても嬉しかったですね。

~つづく(1/3)~


● 次回予告
→第2回では、「デザイン思考できない日本人」とそのハードルの取り除き方、実際の研修であった驚きのエピソードをお話しいただきます


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