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「スキル・マトリクス」の作成、公開に必要なこと

公開日:2023/03/20 更新日:2023/09/14

上場企業を中心に、取締役の「スキル・マトリクス」と呼ばれる一覧表の公表が進んでいます。「スキル・マトリクス」には、各取締役が保有する能力や経験を可視化することで、会社経営の透明性を示す効果があります。その活用の仕方や作成する場合の注意点などを解説します。

スキル・マトリクスとは何か

スキル・マトリクスとは、取締役会が監督機能を発揮するために各取締役の知識や経験、能力を一覧表にまとめたものです。取締役会全体として業務を遂行するためにバランスの取れた構成であることや、企業としての戦略や考え方を対外的に示す効果があります。

スキル・マトリクスが注目されている理由

スキル・マトリクスが注目されている理由として、コーポレートガバナンス・コードの改訂があげられます。2021年6月、新型コロナウイルス感染拡大への対応やDX推進向け、企業がガバナンスの諸問題にスピード感を持って取り組むことを促すべく、コーポレートガバナンス・コードの改訂が行われました。この際、補充原則として取締役会のスキル・マトリクスを「開示すべき」という文言が盛り込まれたことで、一気に注目が集まりました。
さらに2022年の東京証券取引所の再編において、最上位市場である「プライム市場」に上場する企業に、より高度なコーポレートガバナンスが求められたことで、スキル・マトリクスによる取締役のスキルの可視化が注目されているともいえます。

コーポレートガバナンス・コードとは

コーポレートガバナンスとは、上場企業が行う企業統治、つまり透明・公正かつ迅速な意思決定を行う仕組みを指します。コーポレートガバナンス・コードとは、コーポレートガバナンスのガイドラインとして参照すべき原則・指針を示したものです。コーポレートガバナンス・コードがあることによって、外部からでも企業が透明性を持って、適切に企業統治に取り組んでいるかがわかるようになります。

スキル・マトリクスの必要性については、最新のコーポレートガバナンス・コードで補充原則に記載されています。
※以下、「コーポレートガバナンス・コード 補充原則」より引用

4-11① 取締役会は、経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、各取締役の知識・経験・能力等を一覧化したいわゆるスキル・マトリックスをはじめ、経営環境や事業特性等に応じた適切な形で取締役の有するスキル等の組み合わせを取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示すべきである。その際、独立社外取締役には、他社での経営経験を有する者を含めるべきである。
https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/nlsgeu000005lnul.pdf
株式会社東京証券取引所(2021年6月11日)コーポレートガバナンス・コードより引用(P20)

何のためにスキル・マトリクスの開示が必要なのか

コーポレートガバナンス強化の流れは国際的にも進んでいて、今後さらなる強化が必要とされることが考えられます。近年は、ビジネスのグローバル化が進んだことで、国内だけでなく海外へのステークホルダーへの対応が必要不可欠なため、日本企業もこれに合わせる必要があります。

一方で、投資家を含めたステークホルダーが、企業の経営状態の判断材料として、取締役それぞれのスキルではなく、全体として保有するスキルのバランスを重要視する傾向が高まっています。そこで、企業にとって必要とされるスキルの開示と、それらのスキルをどの取締役が担っているかを示すスキル・マトリクスの開示が必要になるのです。
こうして取締役会のスキルバランスが可視化されることで、ステークホルダーはその企業に経営課題を解決するための十分な経営機能が備わっているかどうかを判断しやすくなります。

スキル・マトリクスの作成手順

では、実際にスキル・マトリクスを作成する際の手順について解説します。

① 中長期経営戦略を立てる

中長期経営戦略の内容は、必要なスキル選定のベースとなるため、スキル・マトリクスを作る際にはまず中長期経営戦略が必要です。中長期経営戦略の内容が変わると、必要とされるスキルも変化するものだと理解しておきましょう。

② 必要なスキルの特定

策定した中長期経営戦略をもとに、計画達成のために自社の取締役会に必要なスキルを特定します。一般的に上場企業に求められるスキルと自社事業で求められるスキル、2つの軸で特定していきます。たとえば、海外展開を考えている企業はグローバルな実務経験を持った取締役が必要であり、DX推進を急務としている企業はDXの知見と変革への意識を持った取締役が必要といえるでしょう。

③ スキル保有状況をマトリクスに反映

中途半端な水準の経験を保有スキルとして認定すると、ほとんどの取締役に当てはまってしまい取締役自身の特徴が明らかになりません。そこで、取締役が「特定したスキル」を保有しているかどうか判断するための、高度な基準を設ける必要があります。

たとえば、特定したスキルが「人材開発」であった場合、「人材開発」という単語だけでは曖昧です。そこで「優秀な人材をリクルートしてきた実績が多数ある」「組織の立て直しを行ってきた経験がある」というように、基準を明確にする必要があります。そして、明確になったスキルをマトリクスに反映させることで、自社に足りていないスキルが見えてきます。

スキル・マトリクスの好事例については、株式会社東京証券取引所「コーポレート・ガバナンスに関する開示の好事例集」にも掲載されています。
https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/nlsgeu000004epdr.pdf

スキル・マトリクスを作成するメリット

スキル・マトリクスを作成することで企業が得られるメリットには次のようなものがあります。

今後の取締役専任・解任などの妥当性を示しやすくなる

スキル・マトリクスを作成することで、取締役が保有するスキルを整理する機会になり、今後の取締役専任・解任するときの判断基準にできます。

取締役会のスキルバランスが取りやすくなる

スキル・マトリクスのチェックが入っていない項目があれば、組織を強固にするために補填すべきスキルが明確になります。企業が向かうべき方向に向けてのスキルバランスを取りやすくなります。

足りないスキルを補うためには以下のような方法があります。

  • 当該スキルを身につけるために、取締役向けトレーニングを実施する
  • 当該スキルをすでに持ち合わせていることを、後継者計画(サクセション・プラン)で作成している役員候補者リストの条件とする
  • 社外取締役の選任を行う際にも、当該スキルがあることを条件とする

当然ながら、必要なスキルの項目は企業によってさまざまです。各企業の置かれた環境においてガバナンス整備を行いながらスキル・マトリクスを作成していきましょう。

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