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「給与デジタル払い」解禁間近!導入のために必要な準備とは?

公開日:2024/03/18 更新日:2024/03/18

20234月、事業者が従業員の給与をデジタルマネーで支払えるようにする「給与デジタル払い」が解禁されました。今までは毎月1回、決まった日に銀行口座に振り込まれるのが一般的だった給与について、今後はどう変わるのか、どんな準備が必要なのかを考えます。

給与デジタル払いとは?

給与の支払い方法については労働基準法で定められていて、「通貨払いの原則」「直接払いの原則」「毎月1回以上払いの原則」「全額払いの原則」「一定期日払いの原則」という5つの原則をもとに支払うこととされています。ちなみに現在、多くの企業は従業員の給与を銀行口座への振り込みで支払っていますが、実はこれは証券口座への振込とともに「例外」として認められたもの。法律上は「現金」での支払いが原則となっています。

「給与デジタル払い」とは、給与について銀行口座などを介することなく、資金移動業者のアカウントに直接支払うことを指します。資金移動業者とは、銀行以外での送金サービス、いわゆる電子マネーを提供する企業のこと。現在、厚生労働省での審査を受けた82事業者が登録業者として認められています(2023930日現在。金融庁「資金移動業者登録一覧」より)。よく知られているサービスとして、「PayPay」「LINE Pay」「メルペイ」などが該当します。

20234月に解禁された内容は、具体的には以下のようになっています。

  • 実施には、雇用主が労働者の同意を得ることが必要
  • 利用できる資金移動業者は厚生労働大臣の指定を受けた者
  • デジタル払いと銀行振り込みの併用が可能
  • 現金化できないポイントや仮想通貨での支払いは不可
  • 資金移動業者が破綻した場合の保証あり

給与デジタル払い解禁までの流れ

20213月、Fintech協会が就労中の人を対象に行った「デジタル給与とプレミアム商品券に関する消費者ニーズ調査結果」では、58%の人が現在の給与受け取り方法について不便を感じているという結果になりました。理由としては、「ATMに並ぶ必要がある」「手数料がかかる」など、現金化して利用する際の不便さが上位に上がっています。また、「デジタル給与受け取り(仮)※」が導入された場合の回答者自身の利用意欲としては、25%が給与の一部を「デジタル給与受け取り(仮)」で受け取ると回答、17%は給与の全額をデジタル移行すると意欲的な回答をしています。

※調査中での表現をそのまま使用しています。

実は過去においても、一部の企業では、交通費精算や手当の支給、雇用関係にない業務委託費の支払いなどでデジタル払いが始まっていました。これは、こうした費用については給与と違って労働基準法での規制がなかったためです。2021年には、ソフトバンクグループが全社員に支給した「ニューノーマル支援特別一時金」のうち、10万円を電子マネー「PayPay」で支払ったことも話題となりました。

今回の給与デジタル払い解禁は、こうしたニーズの変化や世の中の動きを踏まえたものと言えるでしょう。

なぜ「給与デジタル払い」が実施されるのか

給与デジタル払いの議論は、以下のような狙いのもとで進められてきました。

日本国内でのデジタル化推進とキャッシュレス決済を加速するため

コロナ禍の日本では、諸外国に比べてデジタル化が遅れていることが浮き彫りになりました。中でも、行政の分野では給付金の申請や納付、企業ではテレワーク環境やペーパーレスなどの遅れが指摘されています。こうした背景もあり、20219月に「デジタル庁」が創設され、国としてもデジタル技術の普及やキャッシュレス決済の活用を進める姿勢が明確に示されることになりました。

経済産業省の「キャッシュレス・ビジョン」では、2018年の時点で「2027年までにキャッシュレス決済比率を4割程度まで引き上げ」としていた目標を「2025年まで」に短縮。必要な環境整備を進めています。生活資金の基盤となる給与のデジタル払い解禁は、こうしたキャッシュレス化の動きを加速させるための施策の一つとも言えます。

多様な人材の確保のため

少子高齢化により、政府は外国人労働者の受け入れ支援に力を入れてきました。しかし、言葉の壁や厳しい審査により、外国人が国内で銀行口座を開設するのは困難な状態です。給与のデジタル払いが可能になれば、銀行口座を介さずに給与の支払いが可能になるため、外国人の雇用拡大につながると期待されています。企業にとっては人材確保の門戸が広がり、働く人にとっては支払い方法の選択肢が増えるというメリットがあります。

アフターコロナの新しい生活様式に対応するため

近年の電子マネーの普及には、新型コロナウイルス感染症の影響により、日常生活での接触を極力減らしたいというニーズもありました。給与デジタル払いもまた、こうした新しい生活様式に向けた対策の一つとして注目されてきました。

給与デジタル払いがもたらすメリット

給与デジタル払いが解禁されることによって、企業、働く人のそれぞれに次のようなメリットがあります。

<企業のメリット>

振込手数料が安くなる可能性がある

 一般に、資金移動業者への振込は銀行振込よりも振込コストが低い傾向にあるため、コストの削減につながる可能性があります。

外国人を含めた多様な人材確保がしやすくなる

デジタル払いであれば銀行口座の開設が不要になるため、外国人を含めた多様な人材を確保しやすくなります。また、期間を定めて雇う際にも、企業の事務処理の負担が軽減でき、人材確保のハードルが下がります。

<働く人のメリット>

電子マネーのチャージが不要になる

現在の電子マネーは、銀行口座等からチャージして利用する方式が主流となっています。給与のデジタル払いが導入されると、チャージをすることなくそのまま決済ができるようになるため、日常的に電子マネーを使用している人にとっては利便性が高まることになります。

副業報酬等が受け取りやすくなる可能性がある

銀行口座を介した振込は、企業にとってもコスト負担が大きいため、頻繁な振込は難しいという現実がありました。資金移動業者は銀行よりも振込コストが低い傾向にあるため、案件ごとにスピーディな支払いが実現する可能性があります。 

導入に向けてのロードマップ

20234月の解禁では、「使用者が、労働者の同意を得た場合に、一定の要件を満たすものとして厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座への資金移動による賃金支払(いわゆる賃金のデジタル払い)ができる」(厚生労働省のWebサイトより)とされています。

これによると、実際に給与デジタル払いが実現するまでにはいくつかのステップが必要ということになります。

「厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者」

 デジタル給与の支払いができるのは、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者のみです。4月の解禁に伴い、PayPay、楽天ペイなどのいくつかの資金移動業者が指定申請を行っていますが、202310月現在、まだ指定には至っていません。

「使用者が、労働者の同意を得た場合に」

給与デジタル払いの導入に当たっては、雇用主と労働者で労使協定を締結し、その上で雇用主が個別の労働者の同意を得る必要があります。

以上を考えると、実際に給与デジタル払いが実現するまでには、もう少し時間がかかりそうです。導入を検討している企業は、それまでの間に、以下のような点について準備を進めておくのがよいでしょぅ。

 給与システムが対応するかどうか

 現在、使用している給与システムが対応できない可能性もあります。また、デジタル払いを希望する社員とそうでない社員、デジタル払いと銀行振り込みの併用を希望する社員がなど、支払い作業にもさまざまなパターンが発生することも予想されます。システム改修等にどれくらいのコストや期間がかかるのか、確認しておきましょう。

従業員情報の収集・管理に向けた準備

「給与デジタル払い」はセキュリティー侵害による、不正アクセスのリスクがあります。「給与デジタル払い」では、銀行口座情報に代わるデジタルマネーの個人キー情報が必要です。個人キーは個人情報にあたるため情報漏洩がないようにしなければなりません。従業員の情報の収集・管理に向けた準備とどれくらいのコスト・負担がかかるか確認しておきましょう。

 

資金移動業者の指定が行われると、給与デジタル払いもいよいよ実施に向けて動き出します。人材確保という観点からも、今後どのような影響が出るのか注目していきたいものです。

参考】資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/03_00028.html